1982.8.19
(12日目)夕張と三菱石炭鉱業鉄道
【北海道国鉄線全36線区中、完乗線区】 石勝線(14番目)
前夜、釧路から乗った急行「まりも4号」を早朝の追分で下車。
かつて栄えた夕張の石炭産業も、閉山が相次ぎ、風前のともしび。
わずかに残る石炭列車を通じて、辛うじて夕張の姿を記録することができました。
そして、夜行12泊目は釧路行き急行「まりも3号」の普通車自由席でした。

▲4時58分、急行「まりも4号」を追分で下車。次の列車まで40分あるので、改札口に行き、スタンプを採取 
 
▲北海道の日の出は早く、4時過ぎでこの状態です。スエ31は救援車。 (追分)

▲5時41分、石勝線1621Dで夕張に向かいました。途中、分岐駅の新夕張で13分停車したので、スタンプを採取。
 
 
▲旧紅葉山駅のスタンプがありました。1981年10月の石勝線開業に伴い、それまでの夕張線・紅葉山〜登川間は廃止、紅葉山駅は駅舎も移設され、新夕張駅になりました。
▲6時29分、1621Dは新夕張を出発、夕張方面(左)に進入していきます。
▲終点・夕張が近づくと、線路をはがされた広い敷地が現れます。 (石勝線・鹿ノ谷−夕張)

▲レンガ造りの構築物が随所にありました。 (石勝線・鹿ノ谷−夕張)
▲石炭で賑わっていたころを見てみたかった。  (石勝線・鹿ノ谷−夕張)
▲倉庫代わりに古いバスの姿が・・・。  (石勝線・鹿ノ谷−夕張)

▲7時2分、終点・夕張に到着。

▲夕張駅

▲夕張駅のスタンプ

▲9時ちょうど、清水沢から三菱石炭鉱業鉄道(左)に乗り、南大夕張に向かいました。 (清水沢)

三菱石炭鉱業鉄道の切符
 
 
3軸ボギー客車のスハニ6から前方を見る。前に石炭車を入れた混合列車です。 (三菱石炭鉱業鉄道・清水沢−遠幌)

▲9時20分、終点・南大夕張に到着。石炭を満載した石炭車(セキ3000)が多数見られました。
▲除雪用のキ1。
▲ナハフ1は、同鉄道、唯一の自社発注車
▲南大夕張を出る石炭列車

 
 
▲旅客列車は15時過ぎまでないので、徒歩で8キロ弱を歩きました。途中、踏切が鳴り、この石炭列車が来ました。 (三菱石炭鉱業鉄道・遠幌−南大夕張
▲12時01分、清水沢から630Dに乗りました。今なお水蒸気を上げる工場も、その姿は痛々しかった。
▲13時12分、新夕張から臨時急行「まりも52号」で千歳空港へ。そこで駅のスタンプを採取し、1751Mで手稲まで。
▲手稲で駅のスタンプを採取し、1833レで札幌に戻りました。
 
▲札幌に着くと、26D「北斗6号」がいました。
キハ80系の「北斗6号」を見送ったあと、すすきののラーメン横丁に行きました。
【今夜の宿 札幌22時10分発、釧路行き急行「まりも3号」普通車自由席

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